度重なる撮影中断、その度に膨れ上がった製作費、フランス映画史上最大のオープンセットと、製作中から“伝説”となったレオス・カラックス監督の「ポンヌフの恋人」。12月20日からの4Kレストア版公開を記念し、ポンヌフ橋のオープンセットのメイキング写真と完成したセットで撮影された本編特別映像が披露された。

4Kリマスター版は、カラックスの協力のもとオリジナル35ミリネガからデジタルレストアし、撮影監督キャロリーヌ・シャンプティエが修復と色彩補正を監修、トマ・ゴデールが音響を担当した。

天涯孤独で不眠症の大道芸人アレックス(ドニ・ラヴァン)と失恋の痛手と眼の奇病による失明の危機で家出した画学生ミシェル(ジュリエット・ビノシュ)。人間の孤独と恋を1カット1カット衝撃的なまでの映像と音で叩きつける「激情」の恋愛映画。ホームレスとなった二人は、パリの最も古い橋ポンヌフで出会う。愛を告白できないアレックス、過去の初恋に生きるミシェル。カラックスが見つめる二人の感情の軌跡は、失意と闇からはじまり、息もつかせぬスビードで希望と生命へと疾走し、回転していく。

画像2(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

カラックスは物語の主な舞台となるポンヌフを全編本物の橋で撮るつもりだった。しかしパリ最古の橋で有数の観光地でもあるポンヌフを借り切ることは現実的ではなく、映画の3分の2を占める夜間シーンはセットで撮影し、昼間の場面に限って実物の橋でロケーションを行うことになった。ポンヌフのセットは実物の5分の4の大きさ(実寸は長さ232メートル、幅22メートル)で、モンプリエ郊外ランサルグという小さな村に、セーヌ川、街路樹、サマリテーヌ百貨店を含む建築群を作る計画が進められた。

本物のポンヌフでの撮影は、数ヶ月の交渉の末、ようやくパリ市から許可をとりつけた製作陣だったが、撮影に入る直前、主演のドニ・ラバンの思わぬケガのため撮影中止という最悪の事態に直面する。考えられる解決策は4つ。1つ目は、映画のプロジェクトのすべてを中止すること。2つ目はドニ・ラヴァンの代役をたてること。3番目は撮影の延期。しかし、最も無難な解決策と思える撮影延期も、翌年にフランス革命200周年を控えるパリでは不可能な選択肢だった。

画像6(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

そして導き出された唯一の解決策が、どこか別の場所に〈橋〉を作ることであった。製作が始まっていた夜間用セットの橋を昼間の撮影が可能なセットに規模を拡大、セットの総面積は当初の計画の2倍に拡張された。40台のブルドーザーが唸りをあげ、土砂を取り除いた窪地に地下水層から取り出した水を溜めて〈セーヌ川〉を作り、街路樹の葉の緑色を再現するために120本の街路樹から9000本の葉のついた枝を幹から切り離し薬品処理を施して再び幹に接着するなど、緻密で大規模なセットに多額の資材と人件費がかさみ、製作費は膨らんでいった。

ついには、橋の場面とラストシーンを残して撮影は再び中断。プロダクションは倒産してしまう。一時は数百人の作業員で溢れていたポンヌフのセットの建造現場からは人の姿が消え、完成間近だったセットはうち捨てられたも同然だった。さらに追い撃ちをかけるように、冬の南フランス名物、大嵐がセットを襲い、サマリテーヌ百貨店は傾き、橋の欄干は外れ、まるで大地震を題材にしたパニック映画のようなありさまに陥る。しかし中断から半年が経つ頃、新たに大物プロデューサー、クリスチャン・フェシュネールが現れ、1990年5月のカンヌ映画祭の舞台裏では、「ポンヌフの恋人」の製作の引き継ぎに関する大詰めの交渉が行われていた。

画像4(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

フェシュネールは負債を明確化し、完成までに必要な製作費を再度算出。最終的にはフェシュネールがこれまでに製作した映画の権利をすべて売却し、売上の一部を製作費に回すことを決めた。セットの建造は再開され、フェシュネールが行った最初の仕事は、セットが建てられたランサルグ村の肉屋にたまった200人のスタッフの6カ月分のツケを支払うことだった。

この巨大セットをデザインした美術のミシェル・バンデスティアンは、建造に使った資材について次のように説明した。「320トンの足場用パイプ、25トンの石膏、9万平方メートルのベニヤ板、90万本の釘と120万のビス、500トンのコンクリート、19万枚の薬品処理されたプラタナスの葉、6万立方メートルの水、3トンのペンキ、150万ワットの照明電力、1万3000ダースのワイン、牛50頭と羊60頭分の食肉、交代したプロデューサーが3人半で、生まれた赤ん坊が13人だ」フランス映画史上最大のセットを舞台にした「ポンヌフの恋人」は、クランクインから2年以上が過ぎようやく完成した。

画像5(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

このほど公開されたオープンセットのメイキング写真では、南フランスのモンペリエ近郊ランサルグ村の広大な敷地に壮大な規模で製作されていくポンヌフ、川、橋を囲む建物と街路樹、そして今は亡き名キャメラマン、ジャン=イブ・エスコフィエとカラックスの2ショット、雪降るクリスマスのシーンなど貴重な瞬間が収められている。巨額の費用が投じられ苦難に満ちた製作過程だったが、川面に輝く光まで美しく再現された。

画像3(C)1991 STUDIOCANAL France2Cinema

そのセットで撮られた本編特別映像は、アレックスとミシェルがポンヌフで再会するホワイトクリスマスのシーンだ。雪の素材は塩とメルトン(柔らかなフランネル生地)で、質感の違いを出すために地面の雪には粗塩、欄干に積もった雪には精製塩、円形の部分にはメルトンが使われ、ポンヌフは見事に雪で覆われている。12月20日よりユーロスペースほか全国公開。

ポンヌフの恋人

監督・脚本:レオス・カラックス/撮影:ジャン=イヴ・エスコフィエ/出演:ジュリエット・ビノシュ、ドニ・ラヴァン
1991年/フランス映画/カラー/125分/DCP/配給:ユーロスペース 公式サイト http://carax4k.com