『ドゥランダル作戦』が観客を強烈に惹きつける理由のひとつは、物語の根幹に“実際に起きた事件”が組み込まれている点にある。単なるスパイ・アクションではなく、1999年から2008年にかけてインドを揺るがした一連のテロ事件を縦糸に、南アジアの地政学と宗教・民族対立を横糸に編み込むことで、フィクションと現実の境界が揺らぐ“危険なリアリティ”を生み出している。

映画の冒頭を貫くのは、1999年12月24日に発生したIC814便ハイジャック事件だ。カトマンズ発デリー行きの旅客機が武装勢力に乗っ取られ、アムリトサル、ラホール、ドバイを経てアフガニスタンのカンダハールへと移動し、インド政府は人質救出のために服役中のテロリスト3名を釈放するという屈辱的な決断を迫られた。この事件はインド外交に深い傷を残し、釈放されたマスード・アズハルがパキスタンで新たなテロ組織を結成し、後の大規模テロへとつながっていく。本作では、情報局長アジャイ・サニヤルがこの事件を契機に“裏からテロネットワークを断ち切る”極秘作戦として「ドゥランダル作戦」を発動し、主人公ハムザが別人として生きる潜入任務へと送り込まれる。

続いて物語の中盤に描かれるのが、2001年12月13日に発生したインド国会議事堂襲撃事件である。武装した5人の男が国会前庭に突入し、警備要員ら9名が犠牲となったこの事件は、核保有国同士であるインドとパキスタンを“核戦争寸前”にまで追い込んだとされる。本作では、ハムザが潜入先で目にするパキスタン軍情報部ISIの暗躍や、拘束したスパイへの拷問、偽造通貨の製造などが、この事件の背景にある“国家ぐるみの非対称戦略”を象徴するように描かれ、観客は南アジアの緊張がいかに複雑で根深いものかを思い知らされる。

そして物語の転換点として最も強烈に描かれるのが、2008年11月26日のムンバイ同時多発テロだ。パキスタンのカラチから海路で上陸した若者たちが、タージマハル・ホテル、CST駅、レオポルド・カフェなどを襲撃し、160名以上が犠牲となったこの事件は、インド国民に深いトラウマを残した。

本編映像では、赤く染まる画面に実際の事件音声を重ねるという大胆な手法が用いられ、観客は“これは映画ではなく現実だ”という冷たい事実を突きつけられる。ハムザがニュース映像を前に崩れ落ちる場面は、スパイとしての使命が終わり、復讐者としての新たな目的が生まれる瞬間として描かれ、物語はここから一気に加速する。さらに映画には、インドルピーの偽札製造という要素も登場する。これはモーディー政権が2016年に高額紙幣廃止を強行した背景にある“パキスタンによる偽札流通”問題を想起させるもので、劇中では諜報機関と結びついた実業家が偽札を作り、インド経済を揺さぶる様子が描かれる。時代設定とは完全には一致しないが、南アジアの政治と裏社会の癒着を象徴するモチーフとして機能している。こうした実在事件の数々は、単なる“元ネタ”としてではなく、物語の因果関係そのものを形作る構造として組み込まれている。

IC814便ハイジャック事件で釈放されたテロリストが国会襲撃へつながり、国会襲撃の緊張がムンバイ同時多発テロへと連鎖し、ムンバイの惨劇がハムザの変貌を決定づける。つまり『ドゥランダル作戦』は、1999年から2008年にかけてインドが経験した“千の傷”を一本の映画の中で再構築し、観客に南アジアの現実を突きつける作品なのだ。フィクションでありながら、史実の痛みがそのまま物語の血流となって流れ込む。だからこそ観客は目を離せず、だからこそこの映画は“危険なリアリティ”を持つ。

現実の事件をただ引用するのではなく、南アジアの歴史そのものを物語として再編し、スパイ映画の枠を超えた体験へと昇華させる『ドゥランダル作戦』は7月10日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開!

映画情報

画像

監督:アディティヤ・ダール『URI サージカル・ストライク』
出演:ランヴィール・シン『ガリーボーイ』、サンジャイ・ダット『K.G.F: CHAPTER 2』、アクシャイ・カンナー
2025年/インド/ヒンディー語他/シネスコ/5.1ch/206分/原題:DHURANDHAR/字幕翻訳:藤井美佳/配給:ツイン/R-15
©Reliance Industries Limited, Mumbai, 2025. All Rights Reserved.