森達也登壇トークイベント
日時:4月28日(火)
場所:キノフィルムズ試写室
登壇:森達也(映画監督・作家)
MC:奥浜レイラ

第98回アカデミー賞脚本賞及び国際長編映画賞にノミネート!第78回カンヌ国際映画祭にてパルムドール(最高賞)も受賞し、本作で世界三大映画祭すべての最高賞を制覇、史上4人目の快挙となったイランの巨匠ジャファル・パナヒ監督の最新作『シンプル・アクシデント/偶然』<5月8日(金)公開>。この度、本作の公開を記念してドキュメンタリーとフィクションの境界を問い続け、社会と表現の関係を鋭く見つめてきた森達也(映画監督・作家)がトークイベントに登壇。
森監督はまず、本作を「パナヒ監督が、ひとつの最高点に達した作品」と高く評価。背景には厳しい検閲体制があるイラン映画全体に通底する特徴として、「虚実のあわいをあえて分けない表現」があると指摘しつつ、「表現は結局フィクションなんです。映像だけじゃない。活字もそう」と持論を展開。
シンプル・アクシデント/偶然,森達也
そして、自身もテレビドキュメンタリー出身として、“客観性”や“事実性”を極端に重んじる従来のドキュメンタリー価値観に違和感を抱いてきたと明かし、「イランの映画人たちは、そこを潔く踏み越えている」と語り、「偶性やメタファーに頼らざるを得ない。でも逆に、それが表現を豊かにしてきた」とし、本作についても「パナヒ自身の作家性と、イラン映画の蓄積が結実した作品」と分析、称賛する。

また、森監督が強い関心を示したのは、出演者たちの存在感だ。本作では一部を除き職業俳優ではない人々が多く起用されているが「どうやって演出しているのか不思議なくらい、しっかり演技ができている」と驚きを口にする。反体制の映画の出演することによって晒されるおのおののリスク、検閲を避けるための秘密裏の撮影やゲリラ的な状況も想像される中で成立している芝居に、「そこは本当にすごい」と舌を巻いた。

作品の主題については、“誰か個人が悪なのではなく、問題は体制そのものにある”という視点を強調。「映画的には悪いやつを造形したほうがわかりやすいし、感情移入もしやすい。でも彼は絶対にそれをやらない」と語り、体制の<処刑人側>の苦悩も描いたイラン映画『聖なるイチジクの種』なども例に挙げながら「体制や組織こそ諸悪の根源だという思いが、イランの映画人たちには共通しているのではないか」と述べ、主人公が復讐をもって奪われた尊厳を取り戻そうとする中で、“暴力の連鎖を続けていいのか”という問いが投げかけられる点についても、「映画は答えを出すためのものじゃない」とコメント。「提示された問いを受けて、あとは観客が考えればいい。それで十分」と、作品が観客に思考を委ねる姿勢も評価。

一方で、現在のイラン情勢にも言及。パナヒ監督自身がイラン政府を批判する一方、アメリカやイスラエルによる攻撃にも異議を唱えていることに触れ、森監督も「どっちが正しいかという話ではない。どちらも批判されるべきだ」と語った。「日本にいる僕たちは、もっと言えることがあるはずなのに、言っていない」と、日本社会の沈黙にも苦言を呈す一幕も。さらに、現在の日本映画界との状況比較として、「日本は規制がほぼないにもかかわらず、現体制を批判する映画や、歴史の加害を真正面から描く作品を大手がほとんど作らない」と指摘。「規制がないからこそ、かえって鈍ってしまっている気がする」と危機感をにじませる。そして、逆境の中で映画を撮り続けるパナヒ監督には、ただただ敬意を抱くという。検閲から逃れるため「国外に出る選択をした監督も多い中で、彼は絶対に出ない。イランにとどまり、イランで上映できないのに、イランで撮り続ける。もう尊敬しかないです」と断言。さらに、危険を承知で出演し、名前を連ねるスタッフやキャストについても、「パナヒもすごいけど、それを支える全員がすごい」と賛辞を送った。
シンプル・アクシデント/偶然,森達也
イベントの最後に「今日みなさん、いい作品に巡り合えたと感じているんじゃないでしょうか」と観客に語りかけた森監督。本作との出会いを噛みしめるように締めくくり、映画という表現の力、そして自由を守ることの意味を改めて考えさせる、濃密なトークイベントとなった。

 

2010年、イラン政府への反体制的姿勢を理由に、映画制作および海外渡航を20年間禁じられ、違反したら禁錮6年という有罪判決を受けていたジャファル・パナヒ監督が自由を取り戻して最初に手がけた本作が2025年の カンヌ国際映画祭 コンペティション部門に正式出品され、イラン映画としては28年ぶりとなる最高賞〈パルムドール〉を受賞。
(注記※2025年12月、アメリカで本作のプロモーション活動を行っていたパナヒ監督に対し、イランのイスラム革命裁判所は「反体制プロパガンダ活動を行った」として欠席裁判で懲役1年を宣告。さらに2年間の渡航禁止、政治・社会団体および派閥への参加禁止という厳しい措置が科される事態となっており、加えて2026年2月には、アメリカとイスラエルによるイランへの攻撃が開始されるなど、情勢は緊迫の度合いを増し、刻一刻と変わるイラン情勢の中での公開となる)

パナヒ監督はこれまでも、ヴェネチア国際映画祭 で『チャドルと生きる』(2000)が金獅子賞、ベルリン国際映画祭 で『人生タクシー』(2015)が金熊賞を受賞しており、本作のパルムドール受賞によって、世界三大映画祭すべての最高賞を制覇するという歴史的快挙を達成、マーティン・スコセッシが絶賛、フレデリック・ワイズマンやペドロ・アルモドバルの他パヤル・カパーリヤー(『私たちが光と想うすべて』)、セリーヌ・ソン(『パスト・ライブス 再会』)らが本作を2025年のベストフィルムの1本に選ぶなど、世界の錚々たる映画監督たちからの熱いラブコールも届いている。

反骨精神あふれる作風ゆえに、長らくイラン代表として国際映画賞へ送り出される機会にも恵まれず、アカデミー賞とは無縁の存在でもあったパナヒ監督だが、本作はそうした制限がようやく解かれ、フランスとの共同製作として完成したことで、第98回米アカデミー賞 国際長編映画賞部門においてフランス代表に選出、見事、第98回アカデミー賞国際長編映画賞に加え脚本賞の2部門のノミネートという快挙を成し遂げています。
物語
かつて不当に投獄されたワヒドが、ある偶然の事故によって、人生を奪った残忍な義足の看守と出会うところから始まる。ワヒドは咄嗟に男を拘束、荒野に穴を掘って埋めようとするが、男は「人違いだ」と言う。実はワヒドは、看守の顔を見たことがなかった。男は、本当に復讐相手なのか?一旦復讐を中断し、看守を知る友人を訪ねるが・・・。

不当に刑務所に投獄された人々が復讐を果たそうと試みる姿を、スリリングかつユーモアたっぷりに描いた復讐劇。監督自身の投獄経験や、同じ境遇の人々の声から着想を得て映画化、予測不能の物語に渦巻く重厚なスリルと深遠なミステリーが交錯し、“魂の叫び”がほとばしる衝撃のクライマックスへと突き進む――ユーモアと緊迫感に満ちた社会派サスペンスの最高峰ともいえる一本となっている。

『シンプル・アクシデント/偶然』(英題:It Was Just an Accident)

監督・脚本:ジャファル・パナヒ
出演:ワヒド・モバシェリ、マルヤム・アフシャリ、エブラヒム・アジジ、ハディス・パクバテン、マジッド・パナヒ、モハマッド・アリ・エリヤ
2025年/フランス・イラン・ルクセンブルグ/ペルシャ語/103分/日本語字幕:大西公子/字幕監修:ショーレ・ゴルパリアン

日本公開:2026年5月8日(金)、新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、Bunkamuraル・シネマ 渋谷宮下ほか全国公開
配給:セテラ・インターナショナル
協力:ユニフランス
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