名だたる映画人に直接質問や議論を交わすことができる、早稲田大学の名物講義として知られる「マスターズ・オブ・シネマ」。7月4日(土)に実施された本講義に、映画『開戦前夜』で主演を務める池松壮亮が登壇した。

 本編上映後の壇上で繰り広げられたのは、池松と土田 環(早稲田大学教授)、荒木啓子(PFF ディレクター)らによるクロストーク。まずは本作との出会いについて問われると、池松は「ほとんど自分と年齢の変わらない若者が秘密裏に集められ、戦争シミュレーションが行われたという事実、命懸けの時間を過ごし、誰よりもはやく敗戦していたという歴史を知り、驚愕しました」と当時の衝撃を振り返る。

現在放送中の NHK 大河ドラマ『豊臣兄弟!』に続き、歴史を描いた作品への出演が続く池松。演じる上での大変さについて質問が及ぶと、「全然自分の知らない時代なので、やはり難しいなと思います」と率直な心境を明かす。そして、「歴史を描く作品が好きな方はたくさんいると思いますが、その作品を通して何を届けるか、未来に何を語るのか、何故歴史を辿るのか、そうしたジャンルの奥にある作品の格が最も大切だと思っています」と作品に込めた思いを語っていた。

また、学生から寄せられた質問の中でも、とりわけ多かったのが「演技論」に関するものだったという。演じる上で参考にしているものについての話題になると、池松は「作品や役によってアプローチは全然違うので、永久にひとつの答えがないものだと思うのですが……」と前置きしながらも、「とにかく壁となるもの、心配なことを減らしていくこと。その役に向けて、その時代に向けて、その空間を演じることへの壁になることをなるべく減らしていくことは意識していると思います」と明かしていた。
本作の舞台となったのは、1941年(昭和16年)開戦間近の日本。人格高潔、智能優秀、身体強健――官僚・軍・⺠間から内閣直属の機関「総力戦研究所」に集められた、日本の未来を託された若きエリートたちの情熱と葛藤が描かれるが、トークでは違う時代を生きる役を演じることについての話題に。
役へのアプローチについて問われた池松は「外側からイメージを掴むことは、これはやれば変わるので、当然分かりやすく効果的ですね。例えば髪型や姿勢、体重、しゃべり方など。あとは時代ものであれば近い時代に作られた 映画、本、その時代の感覚に触れて、感覚的なヒントを得ることもあります」と明かし、「2時間の中で(演じる)その役の人生がどのくらい描かれているのか、映画によってさまざまですが、その人の2時間以上の人生に責任をとり、人生を凝縮し、どう解釈して演じるかというのは、いつまでも難しくて、同時にとてもやりがいのあるものだと思っています。人が一人では完結しないように、当然役も一人で作ることはできません。監督、脚本、スタッフ、共演者とのコラボレーションによって役がはじめて生まれます。一人で頭の中で生み出すのではなく、まわりに身を委ねることもとても重要なことだと思います」と語っていた。

 物語の中では、アメリカをはじめとする諸国との総力戦の可能性を探る目的から、「総力戦研究所」内に模擬内閣を結成。戦争の行方をシミュレーションために若き才能たちが白熱した議論を交わす、机上演習のシーンも大きな見どころの一つだ。このシーンを撮影する上で、共演俳優たちとどのようなコミュニケーションを図ったか問われると、「このシーンの撮影のために、研究所内のメンバーを演じる俳優たちと5日間のリハーサルの時間がありました」と振り返る池松。共演者たちと対話を重ねる時間も多かったそうで、「今この同じ空の下で戦争が起こっていること、日本も少しずつ戦前へと向かってしまっているような気配について、こうした時代をどう捉え、自分たちにできることは何なのか、そういうことを考え、共有する時間を作ることができました。昨年はこの国の戦後80年でしたが、このタイミングで撮影できたことも自分たちを促してくれたと思います」と話していた。

 さらに「(キャストの中には)祖父母が戦争を経験された方もいました。もしも仮にこれから日本が戦争するとなったとき、(自身が演じた宇治田のように)もしもこの国の行く末を自分たちがシミュレーションし、答えを出さなければいけない立場となった時、自分たちならどうするか。あの時代とこの時代をシンクロさせながら、この物語にみんなで潜っていくことができました」と続け、「戦争 映画とはいえ、派手なアクションやスペクタクルがあるものではなく、会議のシーンが多いため、この会議のシーンで観客の心をしっかりと掴むことができるように、一人ひとりのリアクションの密度を上げていくことで、会議のシーンにどんどん迫力が生まれていきました」と手応えをにじませていた。

 さらに、生徒たちから事前に寄せられた質問に答える質疑応答の時間も設けられた。まず1人目の生徒から寄せられたのは、「池松さんはさまざまな作品で役者として求められているからこそ、多数作品に出られていると思いますが、役者として求められるために意識していることはありますか?」という質問。池松は、「求められる俳優というのは時代や国ごと、その映画のパッケージによって違うと思いますが……」と前置きしながらも、「自分自身に何を求められているのか、この映画で自分がどのような役割を担えるのか、常に考えます」と自身の考えを明かしていた。さらに本作においてもその姿勢は同様だったようで、「(本作は)これまでたくさんの映画を共にしてきた石井監督が長年温めてきた悲願の企画。映画そのものは、その映画に共鳴できる人を探しているものだと思いますし、僕自身もこの作品をどうしても形にしたいと感じられて、そういうマッチングが作品にとって一番幸せなのではないかなと思います」と語りかけていた。

続いての学生からは、“自分と役の間に、新しい人間を作る”というインタビューでの池松の発言に触れ、「役を作ったり、新しい人間になる中で、本来の池松さんが変わったり、新しい人間から自分に戻れなくなったり、役をする中で怖さを感じることはありますか?」という質問が。この問いに池松は「あまりないかもしれないですね」と答える一方で、「人は常に変化していくものだと思うので、新しい物語に出合い、経験し、誰かの人生を演じることで、当然自分自身にも変化があります」と振り返る。「ただそれは、新しい友達ができたり、新しい街に住んだり、新しい職場で過ごすようなこととあまり変わらないのではとも思います。新しい経験を経て、今の自分が形作られていく。なので、本来の自分を見失うという感覚はないですね」と回答していた。

 さらに他の学生からは、池松のセリフの話し方についての質問が。「他の俳優さんに比べて抑揚を抑えている気がして、 映画『本心』を観た時に(池松演じる主人公は)無表情の中に何かを暗示しているような気もする場面もあって、“どんな感情なのかな?”と考えるようなシーンもありました。セリフを話す上で意識していることはありますか?」と問われると、「よく言われるのですが、実は全然意識的ではなくて……」という池松。「あえて感情を乗せないように話している感覚はないんですが、これまで演じてきた役の共通点として、何かを秘めているようなキャラクターが多いような気がします。秘めているから表面的にはフラットに音として出てきているというか。裏腹に表現として出てきているのかなと。あとは僕自身が人が普段何気なく話をするように台詞を音にしたいと思っているというのはあるかもしれません。どうしても俳優は感情を台詞に乗せることばかりに目がいってしまうものなので」と分析する。本作で演じた宇治田も、心の内にさまざまな思いを抱えながら、徐々に感情を露わにしていく役どころ。演じる上で池松は「イメージはありますが、それをそのまま演じるとただお芝居をなぞっているものになってしまうので、自分の感情の揺れのハンドルはあまり自分で操作せず演じています。レールだけは敷いて、この空間や、相手との間に起こる未来の 1 秒先に自ら飛び込んでいくような感覚に近いです」と明かす。

 また、役者同士の波長が合うことの重要性について話が及ぶと、本作に加え、NHK 大河ドラマ『豊臣兄弟!』でも共演する仲野太賀の名前が。池松は「これ以上ない最高のチームメイトです。何かを志すとき、お互いが感じることをキャッチし合い、共により良い瞬間を目指すことができます。一緒にたくさんのことを経験してきたからこそ、生み出せるものがたくさんあると思います」と語り、揺るぎない信頼関係をうかがわせた。

 そして最後に池松から生徒たちへ、「貴重な時間をありがとうございました。今日はたくさん話をしましたが、僕の話よりも本日観ていただいた『開戦前夜』が、皆さんの心に何か少しでも残っていたら嬉しいなと思います。皆さんの熱心な姿勢に感激しました」と笑顔を見せ、講義は幕を閉じた。

©2026 ポニーキャニオン/東京テアトル/NHKエンタープライズ/RIKIプロジェクト

映画『開戦前夜』は、7月31日より全国公開。

監督・脚本・編集:石井裕也

原案:猪瀬直樹「昭和16年夏の敗戦」(中央公論新社)

出演:池松壮亮、仲野太賀、岩田剛典、中村蒼、三浦貴大、二階堂ふみ、杉田雷麟、北村有起哉、嶋田久作、中野英雄、渡辺いっけい、別所哲也、松田龍平、奥田瑛二、國村隼、佐藤隆太、江口洋介、佐藤浩市

配給:東京テアトル

©2026 ポニーキャニオン/東京テアトル/NHKエンタープライズ/RIKIプロジェクト