河瀨直美監督の最新作『たしかにあった幻』が、2026年2月6日よりテアトル新宿ほか全国ロードショーとなります。
8月6日より、スイスのロカルノにて開催された第78回ロカルノ国際映画祭のインターナショナル・コンペティション部門に正式招待された『たしかにあった幻』。河瀨直美監督と主演のヴィッキー・クリープスが現地映画祭に参加し、8月15日に記者会見とワールドプレミアとなる公式上映が行われました。本映画祭のレポートをお届けします。
【記者会見/フォトコール】
現地8月15日午後12:30より、大きな天井画が印象的な会場Museo Casorellaにて記者会見が行われました。
河瀨直美監督、主演女優のルクセンブルク生まれのヴィッキー・クリープスが参加して、各国のプレスからの質問に答えました。

河瀨監督は本作のテーマである「臓器移植」と「失踪」について
「日本では年間10万人もの人が行方不明になっているという統計があり、欧米諸国に比べると非常に多い人数になります。臓器移植に関しても、先進国の中では最下位のドナー数になります。国の制度のよって、行方不明になった人は7年経つと、家族がその人の「死」を認定することができます。臓器移植については、特に小児の心臓の移植に関しては親がその子供の「死」を決定し、臓器移植に至るという制度があります。これらの日本の課題を海外からやってきたコリー(ヴィッキー・クリープス)という女性の目を通して伝えていきたい。」
と本作の最初の構想について語った。
そして、「ひとりの女性が異なる文化において、自分自身を取り戻す映画でもあると思います。亡くなった人はもう会えないのではなくて、自分の中の記憶がその人を呼び起こすことができます。そして今、自分自身が確実にここだと思う場所に一歩を踏み出すことができれば、私はネガティブな過去もポジティブに変えられると思っていますし、その後の未来は光のある方向に進んでいけると願っています。ひとりの女性の成長物語だけではなくて、人類の分断をつながりに変えるような要素を内包していると思っていただけると、とても幸せです。」と作品に込めた強い思いを語った。
主人公・コリーを演じた主演のヴィッキー・クリープスは
「初めて河瀨監督と会ったときに私たちはおそらく繋がっているんだと感じました。世界を人間の目を通してだけ見ているのではなく、もしかしたら木々や、もうこの世にいない人、あるいはまだこの世にいない人を通して見ているのかもしれない、と。河瀨監督との仕事は今まで経験したことのないものでした、言語の壁を越えるのはもちろん、自分の知らない伝統や風習も知る必要があると思いました。確かにコミュニケーションの壁があり、それを乗り越えるのは簡単ではありませんでした、海に迷い込むような感じです。ただ監督と心は通じ合っていると感じられたので、それを受け入れて役作りに活かしていきました。
(私が演じた)コリーも私と同じように迷子になっていたと思います。日本で社会と付き合う中で、自分とは違う決断をする人たちを理解しないといけませんでした。彼女もまた、それに抗うように海に飛び込んだんだと思います。」と語った。

公式上映
現地8月15日16:45より、メイン会場のPalexpoにて映画祭のクロージング作品として公式上映が盛況に終了しました。

上映前に舞台挨拶、上映後にはQ&Aを行い、河瀨直美監督とヴィッキー・クリープスが観客からの多くの質問や感想に受け答えしました。河瀨監督のコメントの一部を以下に紹介いたします。
河瀨監督は
「私は常々、自分の映画では自然を描くことが多く、その自然がもう一つの主人公のように存在しています。屋久島は千年以上生きている杉がたくさんあり、1番長いものだと7千年もの間生きている杉もあると言われています。この神様のような自然がこの島には多く存在していますが、神も人間の行いしだいでは死んでしまうこともあると思っていて、人間と自然の共存のようなものを描くという意味では、ずいぶん前から屋久島には注目していて、ようやく本作で辿り着くことができました。」と本作の重要な舞台となる屋久島について語った。
また、「日本は日本独自の常識や価値観が多くあって、主人公のコリーが日本の常識の壁にぶつかりながら苦悩していることを通して、日本の人たちにも現状を変化させる可能性を知ってほしかったです。先進国の中で、日本はどうして臓器移植のドナーがとても少なく、移植できずに待機している人が多いのだろうか?という現状の課題に心を添わせること。イエスかノーを問うているわけではなく、もう一つの価値観を知ること、選択肢の可能性を持つことがとても重要だと思います」%%{blue}と臓器移植に関する日本の現状への思いを訴えた。
そして最後に
「この映画は8年ぶりのオリジナルの脚本です。完成するまでには本当に多くの苦悩や壁がありました。屋久島の自然を壊してしまうような台風が来るという予報があり、すぐに屋久島に向かいました。そこで、本当に命の危険を感じるほどの強い風を体感しました。ここ十数年で最も強い台風で、何千年も生きている樹木のいくつかが倒れてしまいました。私たちの暮らす地球では今、自然の災害が増えていると思います。これほどの強風や異常な気温上昇など、様々な自然の危惧へのメッセージが人間にもたらされていると感じています。神の島と呼ばれるような屋久島の自然が壊されてしまうことを本作の撮影で経験しました。もし、自分自身を超えていくような作品と評価されていることが真実であるなら、私はこの時代に撮るべくして撮り、何か運命的なものも相まって本作を完成させることができたのかもしれません。」と観客にメッセージを伝えた。
【ロカルノ国際映画祭アーティスティック・ディレクターのコメント】
ロカルノ映画祭アーティスティック・ディレクター (Artistic director of the Locarno Film Festival)
ジオナ・A・ナッザロ(Giona A. Nazzaro)
「 『たしかにあった幻』は今まで創られた映画の中で最も重要な作品の1つだと信じています。
河瀨直美監督の作品を長年追ってきて、時間を重ねるごとの進化を観てきました。
彼女の作品は彼女ならではの視点と視覚言語を通して現代における問題を定義しています。
哲学的かつ芸術的な目線を通して、私たち人間の課題を明確に心に強く訴えかけます。
この作品は私と映画祭の選考委員全員が最も深く感動した作品の1つでした。
この素晴らしい作品のワールドプレミアをロカルノで迎えることができて光栄です、
私たちの映画祭を信じてくれた河瀨監督に本当に感謝しています。
映画祭での観客からの反響はとても素晴らしく、批評家の反応も素晴らしいものでした。
本作の河瀨監督の新しい映像表現のチャレンジを観客や批評家に深く理解されたと思います。
ですので改めて申しますが、『たしかにあった幻』は本当に素晴らしいです。
これからの新しい世代の監督たちにとっても力や勇気を与え、
彼らが夢を追い続けること 夢を運んでくることに繋がっていくでしょう。
私にとってこの映画の明確で重要な要素は「共感」です。
いま世界が暴力や敵対心、たくさんの悪で引き裂かれているとき、
「共感」という私たちの心の言語が他者を救います。
同じ人間として、私たちがいかに近い存在かと訴えます。
その「共感」を信じ、証明する作品を私たちは打ち出したいのです。
そして、この映画はとても感動的で美に対する敬意を表していて、
「人間」を深く描いているのです。 」


『たしかにあった幻』は、小児臓器移植実施施設を舞台に、命のともしびを照らす「愛」の物語。フランスからやってきたレシピエント移植コーディネーター・コリーが、脳死ドナーの家族や臓器提供を待つ少年少女とその家族と関わりながら、命の尊さと向き合う。同時に、突然失踪した恋人の行方を追うコリーの姿を通じて、愛と喪失、希望を描く。これまで『あん』(2015)ではハンセン病を抱える女性、『光』(2017)では視力を失っていく男性、『朝が来る』(2020)では特別養子縁組の夫婦を取り上げ、社会的偏見や喪失の中で、他者との関係性を通して救われる「愛のかたち」を描いてきた河瀨監督。本作でも、深い人間ドラマを通じて命と愛の意味を問いかける。
撮影期間は2024年6月から11月。兵庫、大阪、奈良、岐阜、屋久島、パリとロケーションを転々としながら撮影は実施された。小児臓器移植に携わる実際の医療関係者たちが、現在の日本が抱える臓器移植の問題点をディスカッションするシーンや、移植手術シーンなどはドキュメントとして撮影され、それをドラマの中に巧みに取り込むことによって物語にリアリティと臨場感を持たせている。
主人公・コリーを演じるのは、ポール・トーマス・アンダーソン監督『ファントム・スレッド』(2017)への出演をきっかけに国際的な名声を獲得したヴィッキー・クリープス。臓器移植の現場で命と向き合いながら、失踪した恋⼈の⾜跡を辿る姿は忘れることのできない印象を残す。コリーの恋人であり、突然失踪する迅を演じるのは、若手実力派俳優・寛一郎。静謐な演技の中に宿した鋭さに、誰もが心を奪われるだろう。
河瀨監督の描いてきた「愛のかたち」は、他者と関わり続けることへの根源的な問いかけでもあり、その真摯な追求の姿勢が引き寄せた普遍、リアリティと叙情が奇跡的に同居する本作は、河瀨映画のひとつの到達点。

監督・脚本:河瀨直美
音楽:中野公揮
制作:CINÉFRANCE STUDIOS 組画
共同制作:カズモ
配給:ハピネットファントム・スタジオ
© CINÉFRANCE STUDIOS – KUMIE INC – TARANTULA – VIKTORIA PRODUCTIONS – PIO&CO – PROD LAB – MARIGNAN FILMS – 2025
公式HP:https://happinet-phantom.com/maboroshi-movie/
公式X:https://x.com/maboroshi_film