『冤罪のつくりかた』「なぜ冤罪は作られるのか?」監修弁護士が徹底解説
“冤罪をつくる側”から初めて描く、衝撃の社会派サスペンス映画『冤罪のつくりかた』から、この度、本作で劇中の検察実務・取り調べ描写の法務監修を担当した元検察官・澤田雄介弁護士と泊 誠也監督による特別インタビュー対談が解禁となった。「なぜ冤罪は起きるのか」という発生メカニズムと、「本作が描く描写は実際の冤罪事件と比較してどこまでリアルなのか」について、元検察官という専門的知見から鋭く切り込んだ解説をお届け!
1.冤罪はなぜ起きるのか? ――ヒューマン・エラーと意図的な組織の論理
劇中では、一度立てられた「捜査のストーリー」に沿って証拠が組み立てられ、ターゲットが追い詰められていく。澤田弁護士は、冤罪が発生する要因について「大きく分けると、思い込みや判断ミス(ヒューマン・エラー)と、半ば意図的なものの二つのパターンがある」と指摘する。
「捜査の段階で『こういう流れだったのではないか』と仮説(ストーリー)を立てること自体は必要だ。しかし、その仮説と矛盾する証拠が出てきた際にそれを無視・破棄したり、無理に証拠を作ったり改ざんしてしまうことで冤罪につながる。過去の村木厚子氏の郵便不正事件における証拠改ざんや、2019年のプレサンスコーポレーション事件で現場の疑問や供述撤回があっても組織の方針が覆らなかった事例のように、『確証バイアス』や『組織の方針を変えられない空気』が影響する可能性があることは否定できません」(澤田弁護士)。
泊監督も「一度決めたストーリーを一からやり直す負担や、上司からの威圧感など、 映画で描いた『組織の変えられない怖さ』は現実と重なっている」と語る。
2.映画『冤罪のつくりかた』はどこまでリアルなのか?
主演・加藤夏希演じるエース検事・如月美麗が千枚通しで書類を貫き、強引に供述を引き出していく衝撃的なシーンをはじめ、本作に描かれる取り調べの攻防について、澤田弁護士は次のように評価する。
「客観証拠(写真や記録など)の『点』と『点』をつなぎ、事件の全容を知るために人の『供述証拠』は今も重要です。検察官の中に、時には厳しい口調やブラフを使って供述を得ようとする手法をとる検察官が存在し得ることも否定できません。映画をご覧になって『こんなことは全くあり得ない』と言い切れる世界の話ではないです。人の判断の誤りやストーリーへの意図的な固執が重なったときの危うさを、本作は非常にリアルに捉えています」(澤田弁護士)
「正義」とは、いったい誰のものなのか。
本作は、IR事業をめぐる汚職事件で東京地検特捜部に逮捕・有罪となり、いまなお獄中から無罪を訴え続ける元衆議院議員・あきもと司の手記『事実無根 私はこうして特捜に嵌められた』(徳間書店)を原案とする、映画史上初の“冤罪を作る側”から描く司法サスペンスである。
描かれるのは、事件の捜査ではなく、事件そのものの「製造」だ。巨大な国家権力の内側を、一人の新人の視点から描き出す。
主演を務めるのは、数々のサスペンス・ドラマで確かな実績を誇る加藤夏希。証拠捏造も厭わない特捜部のエース検事・如月美麗役として、冷酷な「完全なる悪役」の新境地を開拓している。その部下となる新人検察事務官・早乙女直樹役には、ダンス&ボーカルグループ「BUDDiiS」のリーダーの小川史記(BUDDiiS)。巨大な組織の闇に直面して葛藤し絶望する若者を等身大かつ情熱的に演じきる。
身に覚えのない罪を着せられ、日常が音もなく崩壊していく衆議院議員・塚本 明役に原田龍二、新聞記者・神崎ゴウ役をやべきょうすけが演じている。さらに、現実世界で冤罪疑惑を経験した実業家・堀江貴文が本人役で特別出演を果たしている。監督・脚本を務めるのは、SNSでの発信や『令和の虎』への出演でも注目を集める気鋭のクリエイター・泊誠也。主題歌にはTHE53の「NO CONTROL」が抜擢。
インタビュー
【監修者プロフィール】
澤田 雄介(さわだ・ゆうすけ)/弁護士・元検察官
2011年京都大学法学部卒業、2013年慶應義塾大学法科大学院修了。同年司法試験合格、2014年検事任官。東京・福岡・横浜の各地方検察庁で幅広い事件を担当し、東京地検特捜部の事件にも応援として参加。2019年弁護士登録(第二東京弁護士会)、佐藤総合法律事務所入所。2021年法律事務所ZeLo参画。訴訟・紛争解決、危機管理、AI法務、スタートアップ・ベンチャー法務、M&A、企業法務などを手がける。
映画『冤罪のつくりかた』では、検察実務の経験をもとに監修を担当。捜査や取り調べの描写を専門家の視点から監修した。なお、映画のモデルとなった事件の中心人物、あきもと司氏とは特に利害関係はなく、同氏の立場を擁護等するのではなく、専門家の立場から監修を行った。
現実の実務と映画としての誇張を区別しながら、エンターテインメントとしての表現にも理解を示す。冤罪を日常的に起きるものとは捉えないものの、本作が例外的であっても現実に起こり得る問題を取り扱う作品であることを踏まえ、本作のリアリティを支えている。
Q.冤罪はなぜ起きるのか?
泊監督:澤田先生には、元検察官としての経験をもとに、本作の監修をしていただきました。先生は、映画のモデルとなった事件の中心人物、あきもと司氏の立場を擁護するのではなく、捜査や取り調べの描写を専門家の視点から検討してくださいました。
僕がありがたかったのは、現実の実務と、映画として誇張している部分を区別しながら、エンターテインメントとしての表現にも理解を示してくださったことです。
冤罪が日常的に起きているという見方ではなく、例外的であっても現実に起こり得る。そのバランス感覚で、本作のリアリティを支えていただきました。
映画『冤罪のつくりかた』では、冤罪が作られていく過程を描いています。そもそも、なぜ冤罪は起きるのでしょうか。
澤田氏:大きく分けると、二つのパターンがあります。一つは、思い込みや判断ミスといったヒューマン・エラー。もう一つは、半ば意図的なものと評価され得るものです。
実際の事件の捜査では、「事件はこういう流れだったのではないか」というストーリーを考えながら、証拠を集め、捜査を進めていきます。そのストーリーが正しいかどうかを判断するうえで重要なのが、あるはずの証拠があるか、逆に、そのストーリーでは説明できない証拠が出てきていないか、ということです。
泊監督:最初にストーリーを立てること自体は、必要なんですね。
澤田氏:そうですね。誰が、どう関与し、何のために行動したのか。裁判では、そうした一連の流れを証拠によって立証する必要があります。争いのある事件の裁判では特にそうです。
だから、まだ全体が分からない段階では、「こういう流れだったのではないか」と仮説を立てる。その仮説を証拠で確かめていくわけです。
泊監督:そこから、どう冤罪につながっていくのでしょうか。
澤田氏:例えば、そのストーリーが正しければ、あるはずの証拠が見つからないことも往々にしてあります。このような場合、そのような証拠がないことについて説明をすることができるのか、をまず考え、説明をすることができないのであればストーリーや見立てを考え直すことも検討する必要があります。しかしながら、そのような過程、検討を経ずに証拠を無理に作ったり、改ざんしたりしてしまうこともありえます。
反対に、ストーリーと矛盾する証拠が出てきたときに、それを無視したり、意図的に消したりすることが起こってしまうと、冤罪につながっていきます。
過去に実際にあった検察の証拠改ざん事件(例えば2010年に発覚した、村木厚子氏の郵便不正事件に関連する証拠改ざん)は、以上のようなことが実際問題として起こってしまうことを示しています。
Q.今回の 映画にも、必要な証拠を作ろうとすることと、都合の悪い証拠を無視することの両方が描かれていますね。
泊監督:映画では、一度決めたストーリーを変えられなくなる怖さも描きました。現実にも、そういうことは起きるのでしょうか。
澤田氏:その背景には、いろいろな理由が考えられます。一つは「確証バイアス」というのも考えられると思います。自分の考えたストーリーばかりが目に入り、別の可能性を見落としてしまう。これはヒューマン・エラーの問題ですね。
また、証拠を見て起訴するかどうかを判断する、という職務上の目的以外に何らかの動機があれば、それがストーリーを変えられない理由になることも考えられます。
泊監督:僕が取材して感じたのは、検察官の方は非常に忙しいということです。「このストーリーは違うかもしれない」と思っても、一から捜査をやり直す負担や疲労が、判断に影響することはないでしょうか。
澤田氏:もちろん、多忙や疲労がヒューマン・エラーにつながる可能性はあります。
映画にあるような上司からの圧力について、私自身経験したことはありませんが、これまで実際に冤罪事件が発生していることを踏まえると、組織の方針が判断に影響することが起きる可能性を、完全に否定することはできません。
実際、2019年のプレサンスコーポレーション元社長冤罪事件では、捜査の途中で引き返す機会があったことが報じられている。
関西テレビの報道によると、事件関係者が山岸氏の関与を認めた供述を撤回し、訂正を求めたため、担当検事は上司に報告。山岸氏の逮捕を待つよう進言したが、捜査方針は変わらなかったという。
現場から疑問が上がっても、組織が決めたストーリーを修正できない。その危うさは、 映画『冤罪のつくりかた』が描く問題とも重なる。
泊監督:本作には、人の証言や自白などの「供述証拠」と、防犯カメラの映像や写真、記録などの「客観証拠」が出てきます。僕は、人の話には記憶違いもあるし、嘘をつくこともできるので、映像や記録に比べて確かさが弱いのではないかと感じています。それでも、捜査で人の話が重要になるのは、なぜでしょうか。
澤田氏:私が検察官になった時代には、すでに客観証拠を中心に考えるよう教育を受けていました。ただ、客観証拠だけで事件の全過程が分かるとは限りません。
例えば、防犯カメラに映っていた、レシートが残っていた、写真が撮られていた。これらは、それぞれ一つの「点」です。その点と点をつなぎ、何があったのかという流れを知るために、人の話、すなわち供述証拠も必要になります。
その意味で、供述証拠は今も重要です。
そして、検察官の中にはテクニックとして時には厳しい口調で、時にはブラフを使い、無理に供述を取ろうとする方も過去にはいたであろうことは否定できません。
泊監督:そこは本作でも描かれていますね。
澤田氏:そうですね。映画を観て、「こんなことは全くあり得ない」と言える世界の話ではありません。
人の判断には誤りがありますし、捜査のストーリーに固執してしまうことも起こり得る。そこに意図的な行為まで重なれば、冤罪につながっていく。本作は、そうした危うさを描いていると思います。





